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95年夏に1年半のアメリカ、スポーツ整形外科手術研修留学最後の数ヶ月をDr.Jobeのクリニックでお世話になりました。それまで研修したホーキンス(R.Hawkins)先生とロックウッド(C.A.Rockwood Jr.)先生からの推薦状があり、手厚く歓迎していただきました。
特に、世界中から多くの見学医師が窓ガラス越しに遠くから傍観するなか、私は手術に参加が許され直接ご指導賜ったことは留学で得た宝物の一つでした。
アメリカではトミー ジョン手術より、肘内側側副靱帯再建術(Reconstruction of UCL)と呼ぶのが一般的です。肘内側側副靱帯断裂(不全)に対するこの術式はジョーブ先生が開発し、大リーグのトミー ジョン投手が手術を受け復帰後引退までの15年間に164勝(生涯288勝)を上げたことで一躍脚光を浴びました。日本人でも村田兆治、桑田真澄、荒木大輔他多くのプロ野球選手がこの手術で復帰。最近ではダルビッシュ有、大谷翔平選手も受けました。
私はジョーブ先生が行う、投手、アメリカンフットボールのクオーターバック、やり投げ選手に対する手術に加わりました。尺側側副靱帯損傷は投球動作時に肘にかかる外反力が原因となり靭帯が断裂、または弛緩する病態です。敵時に手術をしないと後に変形性関節症や関節ねずみを生じます。実際の手術は長掌筋腱という手首にある腱(切除してもあまり影響はない)を採取し、肘の上腕骨と尺骨に開けたトンネルに通して肘の安定性を獲得するといった実にシンプルな原理です。
一方でトンネルの方向、開口部の処理、移植腱の緊張度など随所に繊細な感覚とテクニックが必要で、私は当時実際にジョーブ先生から直接ご指導いただいた数少ない日本人でした。手術と同等に重要なのはリハビリプログラムで術後投球開始が許可さる6ヶ月間、実に綿密で段階的なプログラムがありました。術後の経過が芳しくないアスリートもいて、その多くはリハビリがうまく実践されなかったとのことでした。実際にある日本人野球選手も術後に緊急渡米がありました。その後、日本でも多くの施設でこの手術が行われておりますが、残念ながら米国との成績に開きがあるようです(術後の選手寿命や村田兆治さんがいまだに140キロ近い速球を投げるといったパフォーマンスレベル)。
ジョーブ先生は当時、全米で最も有名な医師の一人でしたが人当たりの良い物静かな紳士でした。「私の術式はご覧のように難しくないので君も日本でぜひトライしなさい」と控えめに話され、ゴルフの腕前も上級で著書のゴルフトレーニング本をいただきました。専門の肘関節、肩関節以外に膝関節にも知識が豊富で先生は私がそれまで研修した病院でのテクニックを手術中に時々尋ねられ、私は間違った事を伝えては大変と毎回とても緊張したことを覚えています。
帰国後は2回、来日されたジョーブ先生とお会いする機会がありましたが2014年3月に惜しまれながら他界されました。Jobe clinicは現在もSteadman clinicと並んで多くの優秀な継承者たちにより手術数、手術レベル、学会と論文発表で米国のスポーツ整形外科をリードし続けております。